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※)新聞記事内の以下は誤記です。
【骨が砕けた左足と左腕…】は正確には右足と左腕です。
【重さ4キロの頑丈な靴…】は正確には両足で4キロ、片足では2キロ(アイゼン込み)です。
以下、原文です。
激しい頭痛/荷物が凍結/疲労は限界-
応援を背に苦境乗り切る
交通事故の影響で左腕に後遺症がある兵庫県姫路市の会社員片山貴信さん(44)が8月、中央アジア・キルギス共和国のクーヒ・ガルモ(7134メートル)の単身での登頂に成功した。これまで名だたる山を踏破してきたが、7千メートル級は初めての挑戦だった。
「今までで一番過酷だった。たくさんの人の応援メッセージが背中を押してくれた」と振り返る。(谷川直生)
片山さんは20歳の時、バイクで転倒事故を起こし、10日間意識不明になった。骨が砕けた左足と左腕は「二度と動かない」と宣告されたが、厳しいリハビリに耐え、日常生活が送れるまでに回復。骨盤の骨を腕に移植した影響で速くは歩けないが、「諦めない姿を見せることで苦しむ人の支えになれば」と2015年に海外登山への挑戦を始めた。
17年には欧州最高峰のロシア・エルブルス山(5642メートル)、18年には南米最高峰、アルゼンチンのアコンカグア(6960メートル)の登頂に成功。経験を十分に積んだ状態で今回の挑戦を迎えたが、他の山とはひと味違った。
当初はベースキャンプ(約3700メートル)に入ってから高度順応を繰り返し、14日目に登頂を果たす予定だった。しかし入山後すぐに「無理をすると体調不良になりかねない」と判断。予定を延ばした。
キルギスの7千メートル級登頂
序盤は順調に進んだものの、日を追うごとに疲労は蓄積していた。12日目には6100メートルの地点まで登ったが、激しい頭痛に襲われ、いったん第1キャンプ(4400メートル)まで下山。さらに、ペットボトルのキャップに付いた水滴が凍り、バッグの中で全てこぼれてしまうトラブルにも見舞われた。夜は氷点下10度を下回るため、入れていたダウンジャケットや寝袋などが全て凍ってしまった。
幸い天候に恵まれ乾かしたが、今度は雪解けの影響で落下してきた岩が左足を直撃。重さ4キロの頑丈な靴を履いていたため打撲で済んだもののペースは遅くなった。
17日目の午前0時に、山頂まで約8キロの第3キャンプから頂上を目指した。あまりのつらさに「足が痛くなってくれれば、諦める理由になるのに」とまで考えていた。極限状態だったが、「支えてくれるみんなのためにも諦めるわけにはいかない」と奮い立たせた。
『諦めない姿示せた』
後から出発した人がどんどん追い抜いていく。この日も快晴で、厚手のウエアを着ていると汗が流れて体力を削った。脱げば楽になるが、汗が凍って凍傷になる恐れもある。
結局、頂上から折り返してくる外国人登山客らに促されて脱ぐことを決意。出発から13時間半で登頂を果たしたが疲労は限界を超えていた。山頂からの景色はほとんど覚えていない。
片山さんは「登頂には成功したが、命の危険がある選択をしたことが正解だったかは分からない。でも、諦めずに頑張る姿は見せられたと思う」と話した。
最終目標は冒険家・植村直己さんが消息を絶った北米大陸最高峰デナリ(6190メートル)。登頂を見据え、挑戦を続ける。
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